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修羅の道からの決別

2004年から中断したきのこ人日記、中断の理由はきのこ人の根性無しの性格に尽きるのだが、この間、きのこ人はいささか混乱状態で農業や地方について何も言えなくなっていたのも本当だ。夜間に信州大学の社会人向けの経営大学院にも通ったりしてもみたが、状況は何も変わらなかった。そもそも何をめぐって混乱しているのかさえ整理できない状態が続いていたのだ。それなのに、この間にも会社は信濃町にきのこ工場を立てたり、従業員も増えたし、売り上げも増え続けてはいるのだが、きのこ人にとっては「修羅の道」を突き進む感覚でしかなかった。売れるから作る、コストを下げるために規模拡大する。この有様はどこにでもある民間企業のシェア競争とどこも変わらない。確かに生産原価が下がれば販売価格が下がり、消費者にとっては悪いことではないし、それは否定してはいけないことだと思う。

でも、でも、農業はどこか違うのだ。きのこ人たちが生きる田舎が抱える問題はこんなことでは絶対解決しない。

話題は突然変わる。聞きなれない単語だが農業の世界では「種苗法」とか「種苗登録制度」が重要視されている。企業や個人が新しい品種を開発し農水省に出願することで権利化することができる制度のことで、2次産業における特許法に似た制度なのだが。きのこ人の会社でも生態の違うきのこを交配してできたきのこをいくつか登録して権利化しているのだが、申請のたびに、このきのこを作ったのはいったい誰かという疑問が頭をよぎる。私たち人類はいまだに、ひとつの細胞さえも人工では作れていないのだ。きのこの世界ではより新しい原種を求めて世界中を探し回り、交配育種を繰り返すことで登録、権利化している。何万年もヒマラヤ山脈のどこかで生きながらえてきたきのこが、日本の企業で権利化されヒマラヤでは人工栽培できなくなることだって充分予測される。

きのこ人は思う。農業はそのような地域の風土や環境が作り上げてきた自然の下でしか成立できない。人間だってその中の一要素にすぎないし、まして農業を法人化し肥大化させてもそれはやはり、一時しのぎの「修羅の道」ではないのか。

農業法人は大型化や価格競争のための組織形態であってはならない、地域の食物連鎖やや人々の生きざまの中にしっかりと足をつけた存在でなければどこかで破綻する。きのこ人の会社は去年5haの耕作できない農地を取得してしまった。正直してしまったという感覚だ、思えば思うほど農地を持つことの意味と責任は重いのだ。

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